剣道の「黙想」と「静坐」どっちが正解?に答えます!【超重要】

座禅を組む人 剣道
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こんにちは。

私は剣道ブロガーのKENDO KAWANOと申します。

脱サラして剣道ブロガー兼Youtuber(現在準備中)に転身しました。

詳しくはプロフィールをご覧ください。

 

以前に、こういったツイートをしました。

気になっている方が結構いるのではないかと思いますので、

今回は、『黙想』と『静坐』どっちが正解?

について、取り上げていきます。

 

今回の記事は、剣道家にとって重要な「呼吸法」に関わる内容となっており、非常に重要です。具体的な方法も紹介していきますので、是非実践してみてください。

 

 

 

 

 

剣道であやふやな言葉 「黙想」と「静坐」どっちが正解?に答えます!

 「黙想」と「静坐」どっちが正解?の答えと、知っておくべきことは以下の3つです。

  ①両方正解です

 ②「静坐」は「正座」とは違います

  ③「静坐」は「数息観」と併せて実施することをオススメします

 それでは、順を追って説明しましょう。

「黙想」も「静坐」も、両方正解です

 「黙想」とはなんでしょうか?

 読んで字のごとく、「黙って」・「想う」こと、でよいのではないでしょうか。

 辞書で調べても、

 黙って考えにふけること

 となっています。

 つまり、稽古の前後に「黙想」を行うのであれば、何かしらの「思考」をめぐらせるということになります。では、稽古の前後に何を考えるべきなのでしょうか?3つほど紹介します。

①稽古前に、その日の稽古の目標や具体的な動き方などをイメージする

②稽古後に、その日の目標の達成度や足りなかった点を反省する

③神に対する感謝

①稽古前に、その日の稽古の目標や具体的な動き方などをイメージする

 稽古の前に、「黙想」をすることによって、その日1日で、どのような技を身につけたいか、どのような稽古をしたいか、など計画を立てます。そして、前日までの稽古の反省をもとに、具体的に、どの技の、どのような点を改善していきたいか、具体的にイメージを沸かせます。

 もしも、このように「黙想」をする場合は、事前に「メモ用紙」あるいは「携帯のメモ」でも構いませんので、活字として読めるものを作成しておくことをオススメします。いざ黙想の時に考えようと思ってもうまく考えがまとまらない場合もありますので、事前に作成して、「黙想」の際、再度頭に入れなおすという感覚で取り組んでみてはいかがでしょうか?

 稽古前のわずか数十秒というじかんですが、有益な時間になりますね(^^)

②稽古後に、その日の目標の達成度や足りなかった点を反省する

 稽古の後に、「黙想」をすることによって、その日の稽古の反省をします。技の稽古であれば、どのような打ち方を改善するべきなのか、地稽古であれば、どのような「機会」を狙っていくべきなのか、など反省をします。

 稽古の始めと同じように、稽古が終わった後に、「黙想」の際自分が反省した内容を「メモ」に残しておくことをオススメします。指導してくださる先生がいらっしゃる場合は、指導していただいた内容も併せてメモすると良いでしょう。

 次回の稽古へのモチベーションになりますし、目標がはっきりとして良い稽古ができそうですね(^^)

③神に対する感謝

 変な宗教を布教しようとしているわけではありません。笑

 道場には神棚があると思います。日本は「八百万の神」と昔から言いますので、「道場には道場の神様がいらっしゃる」という考えでよいのではないでしょうか?

 そしてその神様に対し、「今日もこの道場で稽古をさせていただきありがとうございます」、「一所懸命に稽古いたします」、「怪我無く稽古を終えられるようにどうぞお見守りください」、といったご挨拶をするということも、剣道家にとって大切なことではないかと思います。

 ちなみに、神棚がない環境で稽古されている方もいらっしゃると思います。そのような方でも、同じようにしてみてください。どの稽古場にも剣道の神様はいらっしゃるはずです。

 

 次に、「静坐」とはなんでしょうか?といきたいところですが、次の項に譲ります。

「静坐」は「正座」とは違います

 「静坐」を辞書で調べてみると、

 気持ちを落ち着けて、静かにすわること

 となっています。

 「黙想」との最大の違いは、「静坐」は何も考えないということです。「静坐」は「何も考えない」=「無の境地」という剣道の真髄に迫る、一種の修行法といえます。

 したがって、礼法所作としての「正座」と「静坐」とはまるで違うものであるという認識を持つ必要があります。「正座」はあくまでも「カタチ」である「座り方」を指しているのに対して、「静坐」は「修行法」の「内容」を指しているということになります。

 特に、少年剣士や中高生は、この意味を理解することなく、号令のままに「せいざ」を行っている場合がとても多いと思います。しっかりと指導する必要があります。

 では、「静坐」による修行法とはどのようなものなのでしょうか。次の項で解説します。

「静坐」は「数息観」と併せて実施することをオススメします

 「静坐」とは、「『何も考えない』=『無の境地』に迫る剣道の真髄」と先ほど述べましたが、私を含め、多くの剣道家にとって、「無の境地に達する」ということは極めて難しいことです。ですが、だからといって「静坐」をあきらめる必要はありません。

 我々にもできる、「静坐」で「無の境地」を追求する過程の方法があります。以下の2つです。

①「長呼気丹田呼吸」

②「数息観」

①「長呼気丹田呼吸」

  •  お腹の下の方に丹田という箇所があります。そこに意識を集中します。
  •  鼻から短く息を吸い、同じく鼻から長くゆっくりと息を吐きます。
  •  吸気は短く、呼気は長く、の呼吸を繰り返し行います。

※呼吸に合わせて、息を吸うときには空気を腹の下へ送り込みます(腹を膨らませる)、息を吐くときには腹の底から空気を送り出します(腹をへこませる)。

 この、「長呼気丹田呼吸」を行うことで、精神統一を行うことができるだけでなく、「虚実」の「実」の状態である、「息を吐く」状態を長く保つことができるようになります。これは当然、稽古や試合にも生かされることになります。

 

②「数息観」

 今説明した「長呼気丹田呼吸」を行いつつ、数を「1・2・3・4・・・」と数える方法を「数息観」と言います。

 我々修行者は、「集中集中」と頭では考えていても、どうしても雑念が混じってしまうものです。そのようなことをなるべくなくすために「息を数える」のです。

 数の数え方は、吸気と呼気でイチ、つまり、「吸って(いー)、吐いて(ちーーーーー)」で良いかと思います。吸う息が何秒、吐く息が何秒とこだわる必要はありません。自分のできるペースで、吐く息を長く、ゆっくりと行っていけばよいと思います。

 このように、「静坐」と「長呼気丹田呼吸」・「数息観」を併せて実施することで、自然と雑念が頭から離れ、意識を集中することができます。修行者の我々でも非常に効果の上がる、そして剣道の真髄に迫る修行を行うことができます。

 私も学生時代に、先生から「顎を引いて」「奥歯を噛んで」「口をきりっと」「お尻の穴に力を入れて」と、一体何時間この「静坐」は続くんだ(-_-;)?と思うほど教えていただきました。(実際は数分~長くても10分程度だったと思いますが…)

 でも、自分で自宅でも「静坐」を行っていると、不意にいわゆる「トランス状態」のような状態になった気がして、自分を「俯瞰」しているような感覚に陥ったことがあります。私の場合は、ただ寝ぼけていただけかもしれませんが(笑)、この修行を行うことには必ず意味がある、と確信する瞬間でもあります。

 「長呼気丹田呼吸」と「数息観」を併せた「静坐」は、私がすべての剣道家に推奨する黄金の修行法です。

まとめ

 今回は、

『黙想』と『静坐』どっちが正解?

 について解説していきました。

 ポイントは、①「黙想」なら日々の目標や反省をきちんと考え、道場の神様に感謝を捧げる、②「静坐」なら「長呼気丹田呼吸」・「数息観」と併せて実施する(KENDOKAWANO推奨)

 です。

 「静坐」は仏教の「座禅」と同じような修行法ですが、昭和の大剣道家である、かの「小川忠太郎先生」は「禅」の大家であったと聞いています。このように、多くの剣道家が「静坐」によって精神修養を積んでいるということです。

 我々が剣道を志すとき、激しい稽古の傍らで、このような静かな稽古にも目を向けてみることも重要かもしれません。皆さんも実践してみてはいかがでしょうか?

 それでは。

 

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