剣道で泣ける先輩とは?・剣道で手拭いを読む意味【一挙公開】

泣く人 剣道

 

こんにちは。

私は剣道ブロガーのKENDO KAWANOと申します。

脱サラして剣道ブロガー兼Youtuber(現在準備中)に転身しました。

詳しくはプロフィールをご覧ください。

 

 

今回は、

「剣道で泣ける先輩とは?・剣道で手拭いを読む意味 

について、取り上げていきます。

2つの話題を手短に説明していきます。

 

剣道具職人のいる店 剣道防具工房「源」

 

剣道で泣ける先輩とは?

 剣道をする場所はいっぱいありますが、その入り口としてまずは、少年剣道があり、そして中学校や高校・大学の部活動があります。剣道を続けていれば、次のカテゴリ―に進む際、必ず仲間や後輩との「別れ」が訪れます。そんなときに、後輩や仲間から「別れを惜しまれる」先輩とはどのような存在なのでしょうか。 

 今回は、私の経験から「別れを惜しまれる」つまり別れの際「泣ける」先輩とはどういう先輩なのかについて解説します。 

 ポイントは、

・共に稽古  

・共に遊び 

 の2つです。順に解説します。

 

・共に稽古

 当たり前のことですが、共に稽古をした回数が多ければ多いほど、お互いの信頼関係が生まれます。

 これだけでは面白くないのでもう少し深堀します。

 稽古をする回数といいますが、実際には「稽古の質」が大切です。少年剣道や中学高校の部活動ならば、基本的に毎回(毎日)出席することが当たり前なので、そういった意味ではどんな先輩でも稽古する回数は同じなのです。

 それでは、どういった先輩に対して後輩が「よく稽古してくれたなぁ」と感じるのでしょうか。例をあげれば、「自主練に付き合ってくれた先輩」「厳しくしてくれた先輩」です。

 「自主練に付き合ってくれた先輩」逆のパターンは、「自主練のパートナーに選んでくれた先輩」です。やはり通常の稽古プラスアルファで「特別に稽古をした」先輩とは「特別な友情」が生まれるのは語るまでもありません。私の思い出でいえば、大学時代に尊敬する一つ上の先輩からいつも自主練に誘ってもらい、試合用の初おろしの剣道具を一番初めに打たせてもらったときには、すごく嬉しかったですし、些細な出来事ですが強い信頼関係を感じました。そのような先輩には自然と愛着がわくものです。

 「厳しくしてくれた先輩」とは、もちろん「殴られた」や「叩かれた」先輩ではありません。自分がだらしないことをしてしまったときに、自分のことを思って多少厳しめであったとしてもアドバイスしてくれた先輩であったり、稽古で本当に自分を強くしてくれようと厳しく指導してくれたりする先輩です。なかには、やさしい先輩の方がいいのでは?と思う人もいるかもしれませんが、私としては後になって頭によぎるのは自分のためを思って「厳しくしてくれた先輩」でした。

 特に教師になってから思ったことですが、人を叱るということは想像以上に労力を使うものですし、できればやりたくないことです。しかし、その人の為を思ってこそ心を鬼にして必要とあらば叱ることが本当の愛なのだと思います。

 このように、ただ単に同じ空間で多くの回数稽古を一緒にしたというだけでなく、自分とその先輩がどのような関係性で稽古をしたのかという「稽古の質」が「泣ける先輩」とそうでない先輩の分かれ道と言えそうです。

 

・共に遊び

 とはいえ、「泣ける先輩」に必要な要素は、稽古だけではないと私は思っています。稽古以外に必要な要素は「共に遊ぶ」ことです。

 中学や高校生であれば、共に食事をしたりゲームをしたりということになるでしょう。また、寮生活をしている中高生であれば寝食を共にすること自体が「共に遊ぶ」こと以上に「泣ける」要素となるでしょう。大学生であれば食事をすることに加え「酒を交わす」とう機会も出てくるでしょう。こういった、遊んだり食事をしたり、酒を交わしたりという機会が多ければ多いほど信頼関係は生まれるものではないでしょうか?その中で互いにふざけたり、夢を語り合ったりしてお互いを分かりあい認め合うのです

 私の思い出は、大学の一つ上の先輩方の送別会の時に、「最後くらい笑って見送りたい」と思い極力笑顔でいるように努めていました。宴会の最後に卒業する先輩方のスピーチが始まり、最初の方は何とかこらえていたのですが、最後の方になり私をよく食事や酒の席に誘っていただき、またよく稽古をつけていただいた先輩がスピーチを始めた瞬間に、私の涙腺が崩壊した。という思い出が鮮明に頭に残っています。当然、他の先輩方にもそれぞれに感謝の思いを持っていますが、その時は理屈ではなく涙が止まりませんでした。あとで振り返ってみれば、「共に稽古」し「共に遊んだ」先輩は特別な存在なんだと気づきました。

 皆さんも、同じような経験があるかもしれませんね。読者の中に、今から中学高校大学の階段を登っていく方がいましたら、是非「泣ける先輩」を目指して良い先輩後輩関係を気づいてください。

 

剣道で手拭いを読む意味

 「手拭い」とは、いわゆる「面タオル」のことです。なお、「面タオル」は剣道の正式な名称ではないので、少年剣道やその他の剣道指導者の方はお間違いのないようにお願いします(^^)

 さて、私は稽古前に必ず「手拭い」を読むことを心がけています。今回はその理由を皆さんに紹介したいと思います。

 理由は、

・心を落ち着かせる 

・稽古の誓いを立てる

 の2つです。順に説明します。

 

・心を落ち着かせる

 私はかつて、ある先生から「面を焦ってつけている時点で心が乱れている。心を乱さないようにしなさい」と指導をいただいたことがあります。

 もちろん、稽古前に「静坐」をして「長呼気丹田呼吸」を行うことで精神を集中するとともに心を落ち着かせてはいるのですが、その言葉をいただいてからは「手拭い」に書いてある言葉を読むことによって焦って面をつけることを防ぎ、心を落ち着かせるようにしています。

 「静坐」や「長呼気丹田呼吸」については下の記事をご覧ください。↓↓

 剣道の「黙想」と「静坐」どっちが正解?に答えます!【超重要】

 

・稽古の誓いを立てる

 「手拭い」には多くの場合「四文字熟語」や「慣用句」や「詩歌」など何かしらの「為になる言葉」が書いてあることが多いです。

 私は、毎回の稽古でこれらの手拭いに書かれた「為になる言葉」からその日の「稽古の誓い」を立てるようにしています。

 もし手拭いに「正々堂々」と書かれていたならば、「今日は稽古でこしゃくな技を使わずに素直な気持ちで正々堂々と打ち込むことを目標にしよう」とか、「凡事徹底」と書かれていたならば、「今日は一本一本の技を120%の気持ちを込めて打ち込もう」など、その日使う手拭いによって「稽古の誓い」を立てるのです。

 そうすることによって、ただ何となく稽古をするという状態をなくすことができますし、気持ちの入った稽古になると思っています。

 

 同じようなことをされている剣道家の方も多くいらっしゃると思いますが、もしもこの「手拭いを読む」習慣をお持ちでない方がいらっしゃれば、是非取り入れてみることをオススメします。

 また、少年剣道などの指導をするうえで、子どもたちにそのような指導を行うことで、子どもたちにとっても「漢字の勉強」になったり、「為になる勉強」になったりする効果もあると考えています。

 

まとめ

 今回は、

 剣道で泣ける先輩とは?・剣道で手拭いを読む意味 

 について解説しました。 

 ポイントは、①「共に稽古」・「共に共に遊び」、②「心を落ち着かせる」・「稽古の誓いをたてる」、です。 

 剣道でも他のスポーツでも同じですが、一人で成立するものではありません。相手があってこその剣道やスポーツです。どうせ人と一緒にやるのならば、厚い信頼関係を築き濃厚な時間を過ごした方が良いに決まっています。そのような視点で仲間や先輩後輩関係を考えてみることも良いかもしれません。

 最後まで読んでいただきありがとうございます。次回もお楽しみに。 

 それでは。 

 

 

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